音もなくただ地面に落ちてゆく
秋の葉のようにはかない
お気に入りの歌にあわせて
くるくる回って踊りながら、笑いながら
あの子は、小さな女の子
彼女は、何も悪くない
そして、彼女は一人ぼっち
彼女は、何も悪くない
そして、彼女は一人ぼっち
Seven Years, by Norah Jones サラは、ナイトヴィジョンゴーグルが欲しいと思った。そうすれば、暗闇でも全てを見ることが出来るから。
何かを呼び覚ますような、鋭いものが、記憶の隅を揺さぶった。14歳。すねにそって出来たあざ。ブルージーンズに、首もとの方に向かって広がる穴の開いたTシャツ。その日の朝は、友達のエリザベスと、自転車に乗って過ごした。お昼が近くなると、一休みをして、角の店まで歩いて行ってアイスクリームを買った。エリザベスは、彼女と一緒に晩御飯を食べた後、また明日とサラに言って帰っていった。彼が、サラの部屋に入ってきたその夜は真っ暗で、彼女は、ナイトヴィジョンゴーグルさえあればと思った。そうすれば、彼が来る事が分かったのに。逃げたって、叫んだって良かったのにそうはしなかった。ただ横たわって、土曜の夜のスケートパーティーの事や、2ヶ月たって歯のブリッジが取れた後の、綺麗な自分を想像する以外の事なら何だって出来たのに、そうはしなかった。
ブリッジが取れた後も、サラの前歯の隙間は、歯医者の思ったようには縮まらなかった。歯はまっずぐなままだったし、隙間は余計広がった。どちらにしても、サラは、自分が綺麗になるとは思っていなかったが。
私は聞いて、忘れる。私は見て、覚える。私は行動して、そして理解する。
孔子 (*1)
ハーバードに合格すれば、誰だって、自分は成功したと思うだろうが、サラにとっては、自分の心以外のものはもうどうでも良かった。体は、もう何年も自分のものではなかったのだから。西海岸は、知性を磨く以上の機会をサラに与えてくれた。ずっと望んでいた逃げ場所だったのだ。たたんだ洋服や、小さな持ち物が、秘密と一緒に並べられ、3つのスーツケースに押し込まれた。サラは、自分の荷物を祖父の古いシボレーピックアップに詰め込むと、車を走らせた。
新生活へ向かう途中、サラは、夜中も開いている、壁に穴のあるダイナーに立ち寄った。店のスペシャルを食べていた男が――カントリーフライドステーキと、マッシュトポテトだ――サラの全身を食い入るように見つめていた。サラは、彼に向かって微笑んだ。後で、男が、サラの中で果てた時、彼女は少し戸惑った。何も感じないと思ったのに、そうではなかったからだ。自分で選択できることが、まだ新鮮だった時は、自由と無謀さがいつも一緒で、始まりには何人かの男たちもいたが、そのほとんどをサラは忘れてしまった。でも、彼の事だけは覚えていた。薄い金髪に、薄茶色の目、そして、彼の鼻からしたたる汗のしずくが、彼女の頬に、涙のように落ちた事を。
体がつく精一杯のため息ほど、魂をするどく突き刺すものはない
George Santayana 修士号を取ることは、「サラ・サイドルの改革 パート2」だった。カリフォルニアの空の下で、サラは、初めて恋をした。彼女の妊娠が分かると、サラの最愛の人は、結婚しようと言ってくれた。彼女はイエスと言い、3週間後に、小さな庭で結婚式を挙げた。サラの両親は来なかったが、夫の母親は、バラのブーケを作ってくれた。そして、彼女の一人息子とサラが結婚する直前に、彼女は、サラの腕を強く握り、お腹を撫でてくれた。
一ヵ月後、サラの夫がバイクで5号線を走っている時、別の車が道を逸れ、彼の右側から彼の方に突っ込んできた。そのせいで、彼は、追い越し車線にはみ出してしまった。その時、恐らく、別の車が、クラクションを鳴らしたのだろう、彼女の夫は――サラの心を奪い、そして、彼女が、今この時も愛している青年は――元の車線に戻ろうとし、低速車線に戻ったものの、行き過ぎて、そこにはトレイラーが向かって来ていたのだ。一時間後、サラがちょうど心配し始めたその時、警官が、二人の小さなアパートのドアをノックし、彼の精一杯の優しい声で、彼女の夫が死んだと告げた。
一週間後、サラは子供を失った。医者は、夫の死とは関係ないといったが、彼女は信じなかった。愛着を持ってしまいそうな物も、人も、全て断ち切って、サラは勉強だけに集中した。結婚していたことは誰にも言わなかった。何も知らない人は、後に、サラの事を、孤独が好きな人間だと言い、母性に欠けると言い、普通の人のように家庭に憧れる事がないと言った。どの女の子でも夢見る生活を、あまりにも短い間送った事を説明するより、彼らの先入観をそのまま信じていてもらう方が楽だった。全てを失うと、何も望まなくなるのだ。
人生について学んだ事は、3語で言える: it goes on.(それでも人生は続く)
Robert Frost サラは、悲劇文学にも、熱力学の法則にも飽きてしまっていた。科学捜査のセミナーは、マンネリを脱するいい機会に思えた。サラは、講師の事を面白いと思ったし、彼は、かなりハンサムでもあった。夫と子供が死んでから、もうすぐ1年が経とうとしていた。サラは、少しでも寂しさを紛らすことが出来ればそれで良かった。彼の専門分野について話し合うために、夕食を一緒に過ごした時、彼に惹かれずにはいられなかったが、理由は分からなかった。
惹かれあう気持ちは友情になった。アイスティーをゆっくり飲みながら、お互いからは目をそらしていた。サラの、サンフランシスコの検死官事務所への就職を、彼が手助けしてくれたときは、他の人にだって彼は同じ事をしたはずだとサラは自分に言い聞かせた。でも、空港に着いた彼女の車から出た彼の表情は、反対の事を告げていた。「どんな様子か、電話するよ。何かあればいつでも僕に電話してくれていい。仕事の事で手伝える事があるかもしれない」そう言うと、かばんを肩に乗せた。彼は電話をくれて、二人は話をした。そして、サラは、毎日、彼を愛しているわけではないと自分に言い聞かせた。
人には、完全に一人になり、世界を見渡せる瞬間と場所がある
Jules Renard 彼に頼まれた捜査が終わると、サラのかつての恩師は、ラスベガスで仕事をしないかと言った。サラは、ホテルの一室で一人きりで考えた。サンフランシスコには、もう何も無いのは分かっていたが、ラスベガスが自分にとって必要なものなのかは分からなかった。サラとグリッソムはいい友達だった。その友情を信じようと思った。彼女は、カリフォルニアの上司に退職願のメールを送った。次の日、サラは、グリッソムに、一緒に仕事を出来て光栄だと伝えた。
慌ただしい引越しと、いくつかの事件の後、それは起こった。これから何度も起こるであろう事件の、その始まりの事件。捜査官になった時は、この事は考えていなかった。自分の問題と向き合わなければいけなくなる事は。そして、すぐに、サラは、自分がまずい状況いると分かった。その女性の名前さえ分かれば、誰なのかみんなに知ってもらえる。彼女の家族が、何があったか知る事が出来る。サラは、取り付かれたように彼女の身元を調べた。グリッソムは、彼女に、気晴らしをしろ、距離を置いた方がいい、そう言った。何と答えたかは忘れてしまったが、悲しむことそのものを忘れていたと気付いた事は覚えている。そのプロセスは、その時やっと始まり、キーを叩くごとにそれは進んで行き、被害者の名前がパメラ・アドラーだと分かった時、それは少しだけ落ち着いた。時々、悲しみや、正義を望むあまり怒りにとらわれる事があったし、スコット・シェルドンが彼女に触れようとした時、彼の事を突き飛ばしてしまったのはそのせいだ。そういう瞬間の力で、彼女はさらに強くなったように感じたし、死やレイプや虐待を心から憎んではいても、彼女の悲しみを増したり和らげたりするそれらの出来事を終わらせる事には、やりがいを感じた。
サラが欲しいもののリストの一番上には、ナイトヴィジョンゴーグルがあった。そして、多分、金曜の朝に仕事に行く変わりに、彼女の夫が彼女を抱きしめていてくれる事も。そして、神様が、サラに、子供を生ませていてくれれば、彼の一部とずっと一緒にいられたのにという事も。どんな魔法も彼女のリストを実現させる事は出来ないし、もう過去には戻れない。だから、サラは、自分のレイプも、死んでしまった夫と子供の事も、他の人たちの悲劇の深いところに埋め込んだ。他の人たちの事件を解決し、彼らに正義をもたらす事が、自分自身の悲劇の解決にでもなるかのように。
安全にやろうとするな――それが世の中で一番危険な事だ
Hugh Walpole 気楽なじゃれあいは、もっと深く複雑なものを隠すためだった。二人とも口にはしなかったが、それは分かっていた。だから、グリッソムが彼女をほめた時は、サラは聞こえないふりをしたし、彼女が、まぶしいほどの笑顔で笑い、彼の言葉全てに必死にしがみついてみせた時は、グリッソムは未来の恋人のかわりに教師の役割を演じた。また別の事件があり、また別のきっかけがあっても、でも、まだ、サラは、二人が否定し続けていた気持ちをグリッソムにぶつける準備は出来ていなかった。代わりに、サラは、救命士のハンクに電話した。魅力は感じていたし、彼の考えている事はすぐ理解できた。付き合っていると思ったものの、知らない間にサラは「もう一人の女」になっていた。彼を愛していたわけではなかったが、それでも、裏切られていたと分かった時、傷ついたことには変わりなかった。
僕の全て、僕の中にある全ては、君が望んだものになりたかった
When I’m Gone, by 3 Doors Down サラは、彼を食事に誘いたかっただけなのだが、ラボの中でグリッソムを追いかけても何もならなかった。タイミングが悪かったと思った。角を曲がると、熱いオレンジの光が刺し、サラは壁に打ち付けられ、その時に手のひらを切ってしまった。ガラスが雨のように彼女の顔に降り注ぎ、サラは、これは何かのサインだろうと思った。
自分の人生を振り返った時、サラは、まだ自分は死ねないと思った。気持ちも、体も。だから、彼女は、グリッソムのスケジュールを調べると、彼のオフィスへ向かった。
グリッソムは、サラの様子を気にかけていたが、食事に誘ったときに、それは全て忘れられてしまった。グリッソムは誘いを断ったが、同時に、二人の間に何かがあることは認めた。それは、いつものようにあいまいだったし、サラはもう同じことの繰り返しには疲れていた。彼の事を永遠に待つことは出来ない、永遠など、今も、今までも、何の保証もなかった。だから、サラは、たたずむ彼をそのまま残し、自分の部屋に帰った。
大した事じゃない、私は大丈夫。
結局は、ただの食事の誘いなのだから。日が昇り、数時間たち、サラは、自分で自分をごまかしている事を悟った。太陽が、ゆっくりと、ラスベガスの空に現れ始めた頃には、サラは、それがただの食事の誘いではなかった事を自分で認めた。食事はただの言い訳だった。サラは、自分の全てを差し出した。そして、グリッソムは、それは必要ないと言ったのだ。
サラは、枕を頭に引き寄せると、恥ずかしさと屈辱で胸がいっぱいになったが、グリッソムを愛している事も認めざるを得なかった。もっとも、憎む事も出来そうだったが、彼を愛するのと同じように憎む事は出来なかった。
「積極的考え方の力」を買おうとして思ったんだよ――こんなもの、なんになるんだ?って
Ronnie Shakes (*2)
何かが変わっていた。世界そのものだったのかもしれないし、二人が築いた世界だけが変わったのかもしれない。でも、サラには、一つだけはっきり分かった事がある――二人はもう友達ではなかった。
サラの言う事も、する事も、すべてがグリッソムをいらつかせたし、そのせいで、グリッソムは満足に仕事ができなくなっていた。チームのメンバーも、グリッソムの表情を見れば、いつもと違って激しい様子なのは分かったが、それを口に出して言う勇気のある者はいなかった。一度ならず、サラは、グリッソムと話し合おうと彼のオフィスに行ったが、もう少しのところでいつも仕事が邪魔をした――あなたのファイルよ――その事件は解決したよ――手伝おうか――また周辺の捜査?
昇進の希望を出したのは、サラなりに、何も気にしていないとグリッソムに伝えるためだった。もう自分の事は気にしなくていいと。サラは、少なくとも仕事の上では、何も気にしていないつもりだった。思い切って、遠まわしにだが、自分に対して客観的になれるかとサラはグリッソムに聞いたが、彼はその場に立ち尽くし、言葉に詰まっただけだった。サラは、グリッソムが、彼女の言った事を理解する前に、足早にその場から立ち去った。
そして、デビー・マーリンの事件が起きた。
デビーの死体を見下ろしながら、サラは、自分と違うところを探そうとした。デビーは、彼女に似過ぎていた。自分が、また周辺の捜査をさせられた理由がこれで分かった。グリッソムなりに、彼女を守ろうとしたのだ。一瞬、サラは、グリッソムが今までしようとして来たことが分かった気がした。彼女には気付かない理由があったのかもしれない。サラの事を思っての事だったのかもしれない。
ガラスの前に立ちながら、サラは、グリッソムが守っていたのは彼自身だったのだと気付いた。彼女に対してどんな気持ちがあるにせよ、それは、彼自身の戦いに勝つほど強いものではないのだと。それを受け入れる事は楽ではなかったが、彼女の喉を流れるテキーラは、彼の告白と拒絶の痛みを和らげてくれた。
そして、もう一杯、また一杯……
「ねえ、」また別の一杯を飲みながら、サラは笑いながらバーテンダーに言った。「あまりにも多すぎるのに、足りないのよ」バーテンは、サラに調子を合わせて微笑んだ。不思議な事に、サラは、自分がお酒の事を言っているのか、グリッソムの事を言っているのか分からなかった。
多分両方だ。サラは思った。
明かりをつけよう。僕達は二人、部屋の中で見つめあいながら、一体どうして暗闇を怖いと感じたのか不思議に思うだろう
Gale Wilhelm 失ってしまった友情をまた感じるかのような瞬間は、ところどころにはあった。微笑みあったかと思えば、一瞬のうちにすぐ気まずくなってしまったし、サラは、もうあまり望みを持たない事を覚えてしまっていた。例え仕事仲間以上のものを感じても、それはすぐ消えてしまう事は分かっていたし、実際すぐ消えてしまった。
少なくとも、彼の、彼女を罰するような、「君は周辺の捜査だ」は、ほとんど終わったようだった。サラは、グリッソムが、二人に今まで何があったにせよ、仕事の相性はいいという事に気付いたのだろうかと思った。それはいつでも変わらなかったし、その事を思うと安心できたし、二人をつなぎとめているその最後の糸に、グリッソムは、時に、サラと同じくらい強くしがみついていた。
殺人は決して習慣ではないが、人が、死に毎晩膝までつかってしまうと、そこには習慣が生まれる。現場を調べ、目撃者がいれば話を聞き、写真を撮り、採取できる全ての液体を綿棒ですくう――しばらくすれば、それはただの手順になる。
いつも通りの几帳面な様子で、サラは、足跡の上でかがみこんだ。その時、少し先にある低い茂みの中に財布が落ちているのに気付いた。手袋に少しもたつきながら、サラはその財布を拾うと、中を調べた。IDの写真は、被害者のものではなかった。「誰かがこれを取り返しに戻ってくるかもしれない」という思いが頭をよぎった。その時、低い声がして、サラの心臓の鼓動が早くなった。「それを返してもらおうか」
振り向くと、38スペシャルの銃身が目の前にあった。サラは後ずさったが、同時に男は前に進んできた。まるで二人でダンスをしているかのように。
無意識に彼女は銃に手を伸ばしたが、男はサラを脅した。「いいから財布を渡せ」その時、サラは、その男が免許証の写真の男だと気付いた。別の男が、一部を木で覆われた裏庭から現れ、もう一人の耳元で何か囁いたかと思うと、急に銃を向け、ためらうことなくあっさりとサラを撃った。「ああ、くそっ」サラは言い、そのままドサッと地面に崩れ落ちた。
痙攣が彼女の体を襲い、圧力が襲って来て、サラは咳こむと血を吐いた。「グリッソム」驚くほど静かに、でも弱々しい声で、サラは彼を呼んだ。
足音を聞く前に、彼の声が聞こえた。グリッソムは、取り乱し、恐怖に震えた声で、彼女の名前を叫んでいた。「サラ!サラ!大丈夫か?どこにいるんだ?」
血が喉元まで上ってきて、空気は喉を降りていこうとした。サラは、飲み込み、息を吐き出し、吸おうとしたがそれは不可能だった。だから、彼女は、そこに横たわり、自分は窒息して死んでしまうのだろうかと考えた。
「ああ、お願いだ」グリッソムは叫ぶと、彼女の横に膝まづいた。「もう大丈夫だ。僕がいるから」そう言うと、電話を取り出し、番号を押した。「そうだ。CSIが一人腹部を撃たれた――すぐ救急車をよこしてくれ。スカイラークドライブ750だ!」サラは、今までグリッソムがこんなにはきはきとしたところを見たことが無かったし、こんな調子で話すのも初めて聞いた。
目の前を人生が駆け巡ることは無かったけれど、いくつかの映像は見えた。彼女の夫と、どこか見覚えのある小さな女の子。自分ではなくグリッソムを見ている別の女性。浮くような感覚も、明るく白い光も無かったけれど、平安はあった。それは、20年前に、エリザベス・ライリーと自転車に乗った時以来感じたことが無かったものだった。
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15」グリッソムは息を切らし、その後サラの口に空気を送り込んだ。サラは、どうして彼がそんな事をするのか分からなかったが、その時気がついた――人工呼吸をしているのだと。「死なないでくれ、頼む。サラ、死ぬな。いいね」そしてグリッソムは再び人工呼吸を始めた。数字に、自分の口にかぶさる彼の口。サラは、あまりの皮肉に思わず笑った。初めて二人の唇が触れ合ったのに、それが自分を生き返らせるためだなんて。
どんな状況だとしても、彼のキスには、そういう意味があったのだ。
「死なないでくれ、死なないでくれ、死なないでくれ」グリッソムは、それを15回言うまで繰り返し、そしてまたサラにキスをした。
少しのもので満足して生きる。贅沢より優雅さを求める、おしゃれより洗練を求める。立派ではなくても、価値のある人になる。お金持ちではなくても、豊かになる。熱心に勉強し、静かに考える。穏やかに話し、気さくに振舞う。広い心で、星や鳥や、子供や賢者の声を聞く。全てを陽気に耐え、勇敢に行動する。機会を待ち、決して急がない。一言で言えば、霊的で無意識に生まれるものを、普通の事を通して育てるということ。これがわたしの交響曲。
William Henry Channing 銃で撃たれて回復するのは楽ではなかったが、グリッソムは、いつでもそばにいてくれた。毎日のようにサラのアパートに寄って、スープやフルーツ、大量のベジタリアン料理を用意してくれた。
グリッソムは、二週間の間、仕事の前と、途中と、後に、サラの部屋に来てくれた。彼は、何を言えばいい分からないまま、入り口に立ちすくんでいたが、サラは、それだけで満足だった。仕事に行く前の夜は、グリッソムはサラにキスをしたし、サラは黙ってそれを受け入れた。グリッソムが、言葉で言えない事を伝えているのは分かっていたから。
サラが仕事に戻る予定の二日前、グリッソムは彼女のアパートに寄った。グリッソムは、サラに近づくと、低く、必死な声で言った。「こんな事がきっかけになるなんて。僕がどんなに後悔しているか、君には分からない」
サラは、キスでグリッソムの言葉を遮った。長すぎた、夢見るだけの年月が、あまりにも非現実的な瞬間を想像させていた。決してその通りにはならない、完璧な夢。実際は、グリッソムはサラのブラを外すのに手こずり、サラが自分でホックを外す羽目になったし、結局それも上手く行かず、サラは、そこで小休止せざるを得なくなってしまった。minute manという表現が決して間違いではないとも言えず、グリッソムは彼女をまともに見られなかったし、サラは、笑いを我慢することが出来なかった。
「で、これは、夢見ていたとおりだった?」不安を隠しながら、皮肉っぽくグリッソムが言った。
「まさか」サラはそう言うと、グリッソムの首元に顔をうずめた。決まり文句を言うつもりは無かったけれど、サラは、この、不器用な二人の時間を大事に心にしまって、何度も取り出してこの瞬間を生きたいと思った。その不完全な美しさを味わうために。
「あなたの事、もうずっと長い間愛してた」サラはとうとうそう言うと、グリッソムの表情を見るために顔を離した。
「僕――僕もだよ」グリッソムは言った。「君の事を」グリッソムは、言葉に詰まった。
数ヶ月が経ち、サラは全てをグリッソムに打ち明けた。自分に起こった事、失ったもの、立ち直るのは一生無理だと思った事。グリッソムの真剣さにサラは驚いたが、彼は一度も遮ることなく、彼女の髪を指でとかしながら、ただ黙ってサラの話を聞いていた。
数日たった夜、二人はアパートでばったり会った。グリッソムはこれから仕事に向かうところで、サラは、ダブルシフトを終えて帰ってきたところだった。グリッソムはドア元でサラに挨拶し、ベジタリアンラザニアを作ったこと、あと15分くらいで出来ることを伝えると、短いキスをして出かけて行った。
サラは、寝室に向かうと、靴を脱ぎ捨て、シャワーを浴びに行った。その時、ナイトスタンドに何かが置いてあるのに気付き、サラは立ち止まると、ゆっくりと近寄り、ナイトヴィジョンゴーグルを手に取った。そばには、グリッソムの手書きのメモが置いてあった。もう何も怖がらなくていいよ。Love、グリッソム。
サラは、電気を消すと、ゴーグルをしっかりと握り、ベッドの上に腰掛けた。そして、深呼吸すると、ゴーグルをし、周りを見回した。彼女の寝室は、色以外は何も変わらなかった。
引き出しを開けると、サラは、ゴーグルをしまい、引き出しを閉めた。そして、グリッソムのメモを手に取ると、長い間それを見つめ続けた。別の人がサラの人生最愛の人だったが、それから彼女はいくつもの人生を生きた。グリッソムは、彼女の一生涯の人なのだ。
真実は、過去を裏切るわけではないし、希望は、彼女に起こったことを忘れたわけではない。しかし、忘れることは、きっと、悲しみの最後の段階なのだ。
サラは、シャワーを浴びると、グリッソムが作ってくれたラザニアを食べ、それから眠った。目が覚めると、グリッソムのために朝食を作り、彼の帰りを待った。
End
*1 日本語訳はこちらからお借りしました→http://nakamoto.bunbukikaku.com/meigen2.html
*2 本のタイトルは、
こちらで調べました。
あー、難しかった!mysteryさんのficは、他の作家さんに比べて、
基本的に言葉遣いが文語寄りなんですよね……
取り掛かり始めてすぐ、無謀だったかー、と後悔しました。
ただの素人にはちょっと敷居が高かったです。
なので、訳文も不自然と言うかぎこちないところが多々あると思いますが、
素人の仕事だと思ってご勘弁いただけると助かります。
それから、このficの大事なポイントである、各チャプターについている引用。
これは、向こうではそれぞれ有名で、名言集サイトみたいなところには
必ずあるんだけど、日本語訳は見つからなかったので(探し方が下手なだけかも
知れないけど)、これも私の下手な訳で読んでいただくしかなく……。
特に、最後の、"Symphony"は、もう、色んな意味で「適当」ですので、
ご勘弁をー!それから、ノラ・ジョーンズと3 Doors Downの日本語盤CDを
持っていて、上手な日本語訳詞をご存知の方もいらっしゃるかも。
……すみません

* * *
513 「人形の牢獄」 (Nesting Dolls)が放送されるまで、
サラの過去についてはファンの間でも様々な憶測があり、ficでも、
色んなパターンがありました。
この作品は、そういうficの一つです。彼女が性的虐待を受けていて、
なおかつ過去に結婚・妊娠も経験していた、というのは、だから、
今読むと、AUの領域に入るので、ficをあまり読み慣れていない人には
とっつきにくいかなぁ、とも思ったんですが、何しろ私、
この作品がすごく好きなのです。
それから、二人の関係が進展するのに(グリッソムが目を覚ますのに)、
サラを危険な目にあわせるのは、GSR ficの常套手段ではありますが、
mysteryさんみたいな上手い人が書けば特に問題なしです。
駆け足でサラの人生をなぞりながら、最後には、グリッソムと共に、
過去を断ち切る決心をする彼女の様子が、淡々と、でも印象深く切なく
描かれています。
小道具=ゴーグル(日本語では暗視ゴーグルと言うのでしょうかね。
詩的じゃないのでそのままカタカタにしましたが)の使い方が、また、
ジーンと来るんですよ。そして、グリッソムのメモも。
私が一番好き(でも、あまり上手く訳せなかった)なのは、
Another man had been the love of her life,
but she had lived many lives since then,
and Grissom was the love of her lifetime.
の、部分です。