By the Dashboard Light 「グリッソム?」キャサリンがドアから顔を覗かせた。「休憩室に来て」そういうと、彼女は、彼が睨みつける間もなく消えた。
彼は、自分の誕生日が大嫌いだった。誕生日となると、周りの人はとたんに親切になり、甘すぎるケーキを買い、ヘタな歌を歌う。そして、無駄なプレゼントを買い、年齢についての馬鹿げた冗談を言うのだ――彼は、そんな冗談は聞きたくなかった、特に、自分が50になる日には。
ため息をつくと、グリッソムは立ち上がり、廊下を歩き出した。今夜は、新しい事件のない、静かな夜だった。書類仕事と、何杯かのコーヒーと、彼のオフィスの前を通るサラを見ることだけ。5歳の時、虫の標本を集めながら、遠くから、よく母親を観察していたものだった。半世紀たった今でも、彼は虫の標本を集め、一人の女性を遠くから見ている。三つ子の魂とはよく言ったものだ。
休憩室に着くと、彼は驚いてまばたきをした。テーブルの周りにいるのは、彼の友人達だけだった。エックリーも、ソフィアも、ホッジスもいない。ケーキもなく、そこには、カラマリが載った大皿と、あと何枚かの紙皿があるだけだった。誰も歌わない。彼らは、グリッソムに気付くと、手を上げ、そのまま食べ物を噛み続けていた。いすに座りながら、グリッソムの口元に笑みが浮かんだ。結局、彼らは、グリッソムの事を分かっているようだ。
「静かな夜だな」ラボの事なのか、ここにいるみんなの事なのか、自分でも良く分からないまま、彼は言った。
「今日の最初の事件が何か、みんなで賭けをしてるんですよ」ニックが言った。「それ以外は、もう、退屈で死にそうです」
グレッグがあくびをしながら頷いた。「今日は、何か特別な予定があるんですか、主任」
「いいや」グリッソムが答えた。「仕事をして寝るだけだ。いつもと同じだよ」
サラが、彼のほうを向いて、大きく目を見開いた。彼女は、カラマリを食べていなかった。魚を食べないからか、それともただお腹がすいていないだけだろうか?
「どうぞ」ウォリックが、包装紙に包まれたプレゼントを差し出した。「みんなからです」
多分、虫の標本か何かだろう。蝶々とか、バッタとか。
グリッソムの事なら分かっているだろう。彼は、虫が好きだから。 グリッソムは、プレゼントを開けると、息を呑んだ。それは、額に入った、ホリデーパーティーの時に撮った全員の写真だった。シンプルな黒いフレームに、彼の友人達全員の、楽しそうな瞬間が詰め込まれていた。
グリッソムの事なら分かっているだろう。 「みんな、ありがとう」心からの笑顔で彼は言った。「多分今までで最高のプレゼントだ」
「まぁ、あなたはエディを夫に持った事はないものね」キャサリンは、ソーダの缶を開けながら言った。
「それはそうだが……」
「あの人、何かヘマをするたびに、私に宝石を買ってくれたのよ」彼女は、そう言うと、手首を持ち上げ、ゴールドのブレスレットを見せた。「あの人との関係で手に入れた最高のものって、これね」
ニックが顔をしかめた。「えーと、リンゼイは?」
「あら。ええ。あの子ももちろんそうよ」
その時、ブラス警部のポケベルがなり、全員が彼の方を向いた。「どうやら何か起きたらしいな」彼はグリッソムに言った。立ち上がると、ブラスは電話をかけ、二人は部屋の反対側に向かった。
「でも、エディからのプレゼントを今も持ってるなんて、驚いたな」ニックが、静かにキャサリンに言った。「僕なら、あんな風に傷つけられたら、思い出のものは全部捨てちゃうよ」
「そうねぇ、でも、彼は私の初恋の人なんだもの」彼女はため息をつくと言った。「初恋の人からもらったものって、大事にとっておくでしょう?」
「確かに」彼は認めた。「16歳の誕生日に、メラニーがゴールドの腕時計をくれたんだよね。何年も前に止まっちゃったけど、とっておいたよ」
グリッソムは、ブラスの横に立ち、彼の電話を聞くふりをしながら、チームの会話を聞いていた。彼には分からなかった。どうして、過去の恋愛の事を、こんなに気軽に話せるのだろう?冷や汗をかくことも、口ごもることもなしに。
「大学の時の彼女は、ミックステープを作ってくれました」あごを手に乗せながら、グレッグが言った。「聴きすぎてもうだめになったんですけど、まだ持ってます」彼は、サラの方を向くと言った。「サラは?」
彼女は驚いた様子で言った。「何が?」
「初恋の人からもらったものってまだ持ってる?」
「ええ」彼女は、顔を赤くしながら答えた。「思い出のあるプレゼントってだけよ」
「何?」
「ダイス(die)」
ニックが顔をしかめた。「ん?誰が死ぬって?――何だって?」
「dieだよ。ダイスの単数形」ウォリックが言った。「いかにも高校生の男が考えそうなプレゼントだな」
彼女は笑顔を作ると言った。「実は、その時私大学院生だったの」
「大学院?」キャサリンの眉が上がった。「バークレー?なら、グリッソムもその人のこと知ってるんじゃない?あそこで教えてたでしょ。写真はないの?」
「主任の生徒じゃないわ」彼女はあっさりと言った。「知らないはずよ」
ブラスが電話を切り、グリッソムに言った。「砂漠で死体が見つかった。行くか?」
グリッソムは頷いた。「サラを連れて行くよ」
* * *
8月のラス・ベガスの暑さは、夜であろうと容赦がなかった。二人は黙って車に乗っていたが、まだ答えのない疑問で、彼らの間の空気はあまりにも重く、エアコンでさえその熱を下げる事は出来なかった。運転をするグリッソムの指先は、ハンドルの上で広がり、サラは、もしその手が自分の肌に触れたら、どんな感じがするだろうと考えていた。出発して一時間ほどした頃、急に外から爆発音が響いた。サラはシートの上で飛び上がり、驚いてグリッソムを見た。「今のは何?」
グリッソムは答える必要がなかった。明らかなパンクの衝撃で、車が揺れた。彼は、車を道の脇に止めると、ため息をついた。「スペアタイヤを出してくるよ」
彼女はうなづくと、シートに寄りかかり、目を閉じた。少しして、グリッソムが運転席側のドアから現れると、サラの目は大きく開いた。「スペアは無かった」彼はそういうと、ブラスに電話をし、二人のいる場所を伝えた。
サラは、エアコンの通気口の向きを調節した。「とりあえず、エアコンが使えて良かったわ」彼女はため息をつき、言った。「じゃなかったら、ここで蒸し焼きになってしまうところだった」
彼はうなづいた。そしてまた二人は黙り込んだ。彼は、何かを言いかけて口を開き、それから急にそれを閉じ、そしてまた口を開いた。「君の言ったこと、あれは違うよ」
「蒸し焼きになってたってことが?」
「バークレーの男を僕が知らないってこと」
彼女は、彼から顔をそむけた。彼が、彼女の会話を聞いていた事に少し腹がたった。「私だって、今彼を見ても分かるかどうか。どうしてあなたが分かるの?」
「彼になりたいと思っているから」
彼女は彼のほうに向き直り、彼を責めようとしたが、その真剣な表情に驚いて思い直した。「どうしてなろうとしないの?」
グリッソムは答えなかった。彼は、ぼんやりと、50本のキャンドルの事、そして、もしそれ全部に火をつけたら火災報知機がなるだろうなと考えていた。
ダッシュボードの光が、彼女の顔を照らしていた。彼女が財布を取り出すのを、目を細めながら興味深そうに眺めるグリッソムの表情が見えた。彼女は、財布のポケットのジッパーを開け、中から、小さな緑色のダイスを取り出した。
「まだ持っていたんだね」それは質問ではなかったから、彼女は答えなかった。彼女は、ただ、ダイスを手のひらに乗せていた。思い出を見つめる彼女の視線は柔らかだった。
彼は、自分の財布を取り出し、ポケットのジッパーを開け、おそろいのダイスを自分の手のひらに乗せた。「どうして、それが僕にとって意味のあるものだって分かったんだ?」
「知らなかったわ。ただ、私にとって意味があるって事しか」
「父がくれたんだ」グリッソムが囁いた。「5歳の時、日曜学校から帰ってきた僕は、天国や、エデンの園の話をしてた。そうしたら、父が――彼は無神論者だったんだが――引き出しからこれを出したんだ。僕にそれを渡しながら、これが、お前が持てるパラダイスに一番近いものだと言った」
彼女は顔をしかめて言った「どういう意味なのかよく――」
「Pair o' dice(ペアオーダイス)」彼は言い、彼女は少しあきれた顔をした。
「じゃあ、もしお父さんが10セント(dime)を2枚出してきてたら、paradigmsだったってわけ?」
「もし君が博士号を持ってたら(Doctor=Doc)、僕達二人でparadoxになってたね」グリッソムは笑った。
サラは少し微笑むと、ダイスを見下ろした。「どうして私にくれたの?」
空気は重くなり、息をするのも苦しいほどだった。「くだらない話だよ」
「話して」
「理由は分かっているだろう」
もちろん彼女には分かっていた。「理由は」彼女はゆっくりと言った。思いがけず、笑みが浮かびそうになった。「私達が一緒ならパラダイスで、離れ離れだと死んでしまうから」
「くだらないって言っただろ?」彼女の笑顔は、彼の心臓を止めてしまいそうだった。まるで、バークレーで、そうだったように。
彼は、あの最後の日、埠頭で、彼女を愛していた。死や、腐敗について話しながら、何時間も観覧車に乗り続けた。風で、彼女の髪が、彼女の顔を打ちつけ、その風は、彼の肺に命を吹き込んだ。彼は、彼女にキスをしたいと思った。彼女に近づき、その耳元で、未来や、彼女の美しさ、そして、彼女が物理について話すたび、どれだけ彼のひざが震えるか、囁きたかった。しかし、彼は、ただ彼女の手を強く握り、その手のひらに小さな緑色のダイスを乗せる事しか出来なかった。そして、彼は、彼女から去った。少なくとも、自分にはそう言い聞かせていた。
「グリス?何を考えてるの?」
彼はゆっくりと首を振り、瞬きをして過去を追いやった。「ジェットコースターの面白いところは、最初の坂の楽しみはあの期待感だけだって事だ。本当の楽しみは、てっぺんを超えて、未知の世界に飛び込んでいく瞬間に始まるだろう。胃が飛び出しそうになって、アドレナリンが血管を駆け巡って」
「つまり、最高の瞬間は、峠を過ぎたときにやって来るって事?」
彼女は、いつでも彼の事を理解できてしまうのだ。
グリッソムは、ゆっくりと手を伸ばすと、彼女の頬に指を走らせた。そして、その手を後ろに回すと、彼女の首の後ろを包んだ。心臓は、耐えられないほど震えていた。彼は、まだダイスを持った自分の手のひらを見下ろした。そして、そのダイスを、彼女のダイスの隣に落とすと、すぐそばにある彼女の瞳に視線を戻した。二人の呼吸は浅く、グリッソムは、自分達が、二人の間にある同じ空気を何度も繰り返し吸っているのだろうかと考えた。
「教えてくれないか、サラ……パラダイスが手の中にあるのはどんな気持ちか」
彼女の手は、二つのダイスを大事そうに握り、彼女の首を包む彼の手にも力がこもった。サラは、彼の口元をとまどいがちに眺めながら言った。「そうね……パーフェクト、かしら」
グリッソムは、頷くと、二人の唇が触れるまで彼女を引き寄せた。一度、二度、三度、五十回。そして、しばらくして、数え切れなくなるまで。
The End
ちょっと日本語だと甘すぎるかなぁ?
どうも上手く訳せないのが残念ですが、意味が伝われば
いいやって事で、ご了承ください。
このficは、個人的に大のお気に入りで、今まで読んだ中で
ベスト10を選べと言われたら確実にその中に入ります。
サラが大事に持っていた「初恋の人からもらったダイス」が、
実は、グリッソムが彼女にあげたものだったんですね。
チームの前でそれを打ち明けるサラと、それを秘かに
聞いているグリッソム……。ふぅ〜



(原文ではfirst loveとなっているんですが、
日本語の初恋とはちょっとニュアンスが違うかも
知れませんね〜。便宜上、「初恋の人」にしちゃいましたが、
もっと、こう、初めて本気で好きになった人、という
感じですよね。)
それから、pre-Vegas(サラがベガスに来る前の話)モノは、
もう、無条件でツボなので、その点でもこのficは
いいんですよねー。
ところで、このficの重要なポイントの「シャレ」(pun)、
お分かり頂けましたか?
pair o' dice = paradise
(二人一緒だとパラダイス、離れ離れだとdie=死んでしまう)
pair o' dimes = paradigms
pair o' docs = paradox
です。
心の中で、声に出して読んでみると、分かりやすいと思います。
それと、峠を過ぎる=over the hill=盛りを過ぎる、と
言う意味があるようで、これは、グリッソムが、
50になった自分とジェットコースターをかけているのかな、と
思います。
*カラマリ=イカを揚げた料理みたいですね〜
*PhD=Doctor of Philosophy/Philosophiae Doctor
*"Paradise by the Dashboard Light"と聞くと、
アメリカ人は、
Meat Loafの歌を思い出す人が多いみたいです。
歌の内容自体は、このficを彷彿とさせるものが
無くはないのですが、聴くとイメージが
壊れるかもしれないので、保障はしません

次の翻訳ficは、もしとりかかるとしても、S7のフィナーレを
見た後か、S8の情報が来る辺りになるかも知れません。
それまではどうも落ち着かないので、気長にお待ち下さい。
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